
正信偈に聞く
49-1
平成24年9月30日
皆さんようこそお参り頂きました。
今日は、道綽禅師の第三回目になるわけでございます。
道綽決聖道難証(道綽、聖道の証しがたきことを決して、)
唯明浄土可通入(ただ浄土の通入すべこきとを明かす。)
万善自力貶勤修(万善の自力、勤修を貶す。)
円満徳号勧専称(円満の徳号、専称を勧む。)
三不三信誨慇懃(三不三信の誨(おしえ)、慇懃(おんごん)にして、)
像末法滅同悲引(像末法滅、同じく悲引す。)
一生造悪値弘誓(像末法滅)
至安養界証妙果(安養界に至りて妙果を証せしむといえり。)
(意訳)
道綽禅師は、聖道門では悟ることが困難であることを明らかにして、ただ浄土門のみが通りやすく、入りやすいことを明らかにされた。
さまざまな善を自力によって勤め励むことを退けられ、欠けることのない徳を完全に備えた名号を専ら称えることを勧められた。
三不信と三信の教えを懇切に説いて、像法と未法と法滅のいずれの世でも、大悲の本願は同じくはたらく。
一生の間、罪悪をなす者も、阿弥陀の誓願に遇うならば、極楽浄土に往生して、涅槃という妙なるさとりを得る、といわれた。
「道綽、聖道の証しがたきを決して、ただ浄土の通入すべきことを明かす。」これが「教」になります。
「万善の自力、勤修を貶す。円満の徳号、専称を勧む。」これは「行」について述べておられる。
「三不三信の誨、慇懃にして、像末法滅、同じく悲引す。」これが「信」について述べておられます。
「一生悪を造れども、弘誓に値いぬれば、安養界に至りて妙果を証せしむといえり。」これが「証」になります。
正信偈の中でもこの道綽禅師のところが一番解かりやすくて、「教」・「行」・「信」・「証」と四つの項目に分けて説かれております。それで今日は、三回目でございますので、「三不三信の誨、慇懃にして、像末法滅、同じく悲引す。」ということを中心にお話をしてみたいと思います。「三不信と三信の教えを懇切に説いて、像法と末法と法滅のいずれの世でも、大悲の本願は同じくはたらく。」と、このように古田先生は意訳をしておられます。つまり「信心」の問題です。
今迄、話をしました事は、道綽禅師の歴史といいますか、どういう方であられたかということを先ず初めに申しあげました。そして、特に道綽禅師が私たちに大きな仕事を残してくださった事は、なんと言っても、聖道門の仏教と浄土門の仏教と、仏教を二つに分けられたことです。これは道綽禅師が初めてお示しくださったことでございます。
今まで難行道とか易行道とか、自力とか他力とかというような事は、龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師、それぞれがそういう形で仏教を二つに分けておられるのですが、聖道門と浄土門と言うように仏教を二つにきちっと分けられて、そして聖道は証し難い、そして浄土のみが我々の救われるたった一つの道であるということをはっきりなさったのは道綽禅師です。
そして、親鸞聖人のお師匠様が法然上人ですが、その法然上人が浄土宗を独立なさいますけれども、そういうことが出来たのは道綽禅師の教えが基本になっています。道綽禅師が聖道門と浄土門にお分けになったのを依りどころにして、法然上人は浄土宗をお建てになったということも度々お話を申しあげました。それで、浄土の教えを道綽禅師は、特に『観無量寿経』というお経に依って見ていかれます。これも道綽禅師のところで詳しく申しあげました。
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「道綽」道綽禅師(五六二~六四五)「涅槃経」の学僧であったが、四十八歳の時、たまたま曇鸞大師の遺跡である玄中寺に参拝して、曇鸞大師の遺徳を記した碑文を読み、浄土の教えに帰依されることとなった。それは曇鸞大師の没後六十年のことであった。
道綽禅師は涅槃宗の大家として非常に有名なお方であったといわれますけれども、その道綽禅師が玄中寺にお参りになって、そして非常に大きなショックを受けられたわけでございます。
道綽禅師のことについて右に書いてございますけれども、涅槃経を何十回と講義された大家であられた方です。日本でいいますと聖徳太子と同じ時代の人です。その時代では人生五十年というよりも、もっと短かったでしょう。聖徳太子よりもずっと後に出てこられた親鸞聖人の時代でさえ平均年齢が三十八歳だったと言われておるわけですから、それよりも前の時代に四十八歳ですから、ある意味では晩年でございます。そして今まで涅槃経の大家であられた方が曇鸞大師と直接会われたわけではありません。曇鸞大師のお徳を褒められた碑文を読まれて、そして回心され、涅槃経を捨てて念仏一つということに依っていかれたということは、今まで度々お話を申し上げました。
天親菩薩は『大無量寿経』にもとづいて浄土論を書かれ、曇鸞大師は浄土論を通して浄土論注をお書きになられます。浄土論では、念仏の教えに依ってすべてのものが救われるという事を書いておられるのですが、その根拠になっておるものは大無量寿経上巻の如来の本願にあるわけです。その本願は四十八通りありますから、四十八願と申しますが、その中の第十八番目に念仏の問題が述べられており、そこに「乃至十念」と言う言葉がありまして、心から如来様を信じて十声の念仏で浄土に生れて仏になることができると。
ところが道綽禅師が根拠になさったのは、もちろん第十八願が依りどころになっているのですが、『観無量寿経』なのです。当時、中国は学派といいますか、日本で言えば宗派ですね、宗派がたくさんできます。それはどういう事かと申しましたら、インドの言葉で書かれていた経典が中国の漢字に翻訳されます。
たくさんお経がある中で、お釈迦様の教えは対機説法といいまして、人間に向かってお話をなさるわけですから、その相手が男である場合もあるし、女である場合もある。学者に対して御縁のある場合もあるし、そうでない場合もある。職業もいろいろ違いますでしょう。そういう人たちに機(人間)に応じて説いておられますから、お経というのは極端な言い方すれば種々雑多なのですね。そうしますと、そういうものが中国の言葉になりましたときに、中国の学者が、これだけたくさんお経がある中で、こちらでは善いといい、同じことをこちらでは悪いと言われたりして矛盾がある。そうすると本当にお釈迦様がおっしゃりたかった根本精神はどのお経にあるのだろうかということが、中国では問題になってきます。
そういうことから、例えば賢首大師法蔵と言う人がいますけれども、その人はこの華厳経があらゆるお経の中の一番中心の精神を明らかにしてあるということから、華厳宗という学派が出てきます。これは後に、日本に伝わって来て、日本では奈良の東大寺が華厳宗の本山になります。
他に天台大師智顗と言う人がおられますが、この人は法華経がお釈迦様の教えの中心だと受け取られます。そして天台宗という宗派が生まれます。これが後に、日本に比叡山を開いた伝教大師最澄によってもたらされます。だから今でも比叡山は天台宗の本山です。だからこういうようにたくさんの経典に依る学派が出てきます。
そういう中に涅槃経というお経もあって、そして涅槃宗というのも出てくるわけでございます。ところが非常に不思議なのですけれども、華厳経も、涅槃経も、法華経などをみても、それぞれに悟りの世界が説いてあるのですけれども、どうしたらそうなれるかという修行の方法は書いてないのです。これが大問題なのです。
ところが修行の方法が書いてあるのが観無量寿経です。観無量寿経がそのために説かれたと言えば問題なのですけれども、とにかく観無量寿経を読みますと「定善十三観」と「散善九品」と、修行の事が詳しく書いてあるわけです。
「定善」というのは定心といいまして、我々の日常的な生活でなくて、例えば禅宗は部屋に籠って座禅をする、あれを「定心」といます。そして定心によって行われる修行が十三通り書いてあるのです。
「散善」というのは散心といいまして、我々の日常的な心を言っているわけです。廃悪修善といいまして、悪を止めて善を修める。悪いことを止めて徹底的に善をしていく、これは大変です。大変ですけれども、それを徹底的に修めていけば、悟りが開ける。それが九通り(九品)書いてあるわけですね。
「定善」というのは心を静めて心で思うということですから「観」と言うわけです。一番初めは「日想観」というのがあります。日の暮れる時の太陽は大きいでしょう。そしてキラキラ光るでしょう。ああいうものを見るのじゃなくて、じっと座って心の中に太陽が沈んでいく相を想い浮かべる。そうすると朝日とは違うわけです。今日一日始まるのが朝日でしょう。朝日は心が外に向く。ところが夕日というのは一日が終わるわけです、そうすると今日一日がどういう日であっかということで夕日は心が内に向く、そういうところから日没の太陽を見なさいと。
日想観・水想観・地想観とか観無量寿経には詳しく書いてあります。それが十三通り書いてあります。
「散善」というのは人間を九つに分けているのです。「上品上生・上品中生・上品下生」・「中品上生・中品中生・中品下生」・「下品上生・下品中生・下品下生」。上品上生の人が一番値打ちがあって、下品下生の人が一番値打ちがないと、こうなっているのですが、それぞれの人の能力に応じて散善は教えが説かれてあります。随分詳しく書いてあるのです。
法華経に依る人は、そうなるための修行は、観無量寿経にたくさん書いてあるわけです。修行してさとるために観無量寿経に説かれている修行方法ですね、そういうところから観無量寿経が中国では非常によく読まれたのだそうです。そしてたくさんの人によって大切にされた。だからそれについての講義の本というのもたくさん出ているわけです。
しかし目的は何かと言えば、華厳の悟り法華経の悟りを得るための修行の方法を観無量寿経に見ているわけです。だから観無量寿経の教え自体というよりも、教えは華厳経・法華経に依って、修行の方法は観無量寿経に依る、そういう意味で中国では非常に観無量寿経が読まれ、そしてたくさんの講義の本が出たといわれているのですね。道綽禅師はその時代を生きておられるわけです。
その時に他の高僧と、道綽禅師とではその見方が違っていた。どういうふうに違っていたかと言えば、道綽禅師は他の高僧とは違い観無量寿経の教えに救いを求められた。そして「下品下生」の人間が念仏申して救われるという「下品下生」のところに注目されたわけです。
お念仏が出て来るのはここです。他には出てこないのです。下品下生のところに一生涯善いことは何一つしないで、悪ばかり重ねてきた、その不善造悪の愚かな人間が死に際に(臨終)苦しみだす。
やはり人間は、善ができる人は善を誇り、悪をせずにはおれない人でも結局は開き直る。世間は、結局、善・悪ですから、どちらが善い悪いと言って比べて生きているわけです。だから世の中の人間と自分とを比べて生きているわけです。「比べている私とは何か」とはなかなか思わないのです。
不善造悪の凡夫であって、開き直って生きて来た人間が死に際になって、その時に初めて自分自身の人生と向き合うわけです。結局、私の人生とは何だったのだろうか。あの人に騙された、ああいう事もした、こういうこともしたと言うけれども、そうしてしか生きられなかった私が初めて死に際に問題になってくるのです。人間というのはそういうものだと思いますね。その時に苦しみだす。私のような者は、どうせ死んだら地獄より他にいく所はないだろう、しかし地獄には行きたくない、と言って苦しみだす。
その時に一人の善知識が出てくる。これはお坊さんと書いてないから解らんのです。偉い坊さんであったかもしれません、在家の念仏者であったかもしれません。仏教では善知識というのは、正しい教えで人を導く人という意味です。善知識が出て来て、苦しんでいる者を見たら、そのままほっておけないわけですね、どうかして助けたいと思う。そこでその善知識が、あんたのような悪い者のために阿弥陀如来という仏様がお浄土を建立なさった。そして、そこに生まれさせたいという仏様がおられる、だからその仏様のこと、お浄土のことを今から言って聞かせるから考えて、そしてお浄土を願えというのです。ところが心は追い詰められて乱れているわけです。死にとうない、死にとうないと言っておるわけです。そして仏様のことなんか思ったこともない、手を合わせたことさえないわけですから、そういうことを言われても、そう思う事が出来なくて、ただ苦しんでいる。そこで、この善知識は心で仏を念ずることが出来なければ、口に南無阿弥陀仏と称えなさいと教えます。そこに初めて称名念仏がでてくるのです。
正信偈に聞く
49-2
平成24年9月30日
心で思えなければ、名を称えなさいと。私は善知識が一緒に称えてやったのだろうと思います。お経には書いてないのですが、それにつられて、その悪人がお念仏して、そして助かるのです。そして浄土に生れて仏になったということが説いてあるのです。
他の高僧は「定善・散善」の難しいいろんな修行を通して仏の悟りを得る。そのための修行方法を説かれているお経として観無量寿経を読まれます。ところが、道綽禅師は違ったわけです。道綽禅師は「下品下生」のところに南無阿弥陀仏が出てきて、そこで救われる。それ以外に我々のような者の救われていく道はないということに道綽禅師は気が付かれるのです。そこで道綽禅師自身が念仏申して救われていかれる。
他の高僧と観無量寿経の見方が全然違うわけです。そこから聖道の教えは証し難い、なぜかと言えば時代と人間の質ですね、時代がどんどん下がれば下がるほど、人間は変な知恵がついてきて、人間の本当に純粋な心が見失われていくということをお釈迦様は予言しておられるのです。
だから「像末法滅」と書いてありますが、道綽禅師がお生まれになった時には、末法に入っているのです。
お釈迦様が亡くなって千五百年経っているのですね。そういうことから道綽禅師は当時の仏教界のあらゆるすがたを見て、すでに修行をして悟りを開く人はいない。理屈はみなあっている、学問的には皆勝れたことを言っておられるけど、本当に修行して悟った人は一人もいない。私もそうだと、その私のような者が救われる道は、臨終において不善造悪の愚人が念仏申してたすかったというこの一点にしか私のたすかっていく道はないということに道綽禅師は気がつかれるのですね。
なぜそんなことが言えるかといえば、天親菩薩や曇鸞大師は大無量寿経の第十八願に依って、すべての者が救われていくと説いてある。その大無量寿経の本願が根拠だと、それの一番具体的なことが、観無量寿経の下品下生のところに書いてある。つまり大無量寿経を背景にして観無量寿経を読まれたのは道綽禅師が初めてなのです。そして道綽禅師が観無量寿経の中の「下品下生」のところにわが身を置いて念仏申して救われていくということを説かれるわけです。ですから、今日読んだところは不思議な言葉なのですよ。
一生の間、罪悪をなす者も、阿弥陀の誓願に遇うならば、極楽浄土に往生して、涅槃という妙なるさとりを得る、
といわれた。「一生悪を造れども」でしよう、私たちは善人だとはいいきれないですよ。だけど悪いことばっかりしているとも思っていないですよ。悪いこともしているけど善いこともしている、凡夫というのは決して悪いことばっかりしているわけではない、善いこともしている。ああいう事もしてあげた、こういう事もしてあげた。そしてあの人は大変喜んでもらったと、
ここには「一生造悪」と書いてあるでしょう。これは不思議な言葉ですよ。そして「安養界に至りて妙果を証せしむといえり。」涅槃に至ることができると言っておられるでしょう。それ以外に救われる道が無いのが私だというところで、自分自身を受け取られたのが道綽禅師、そしてお念仏申されたのですね。
親鸞聖人になると具体的です、「ただ念仏」と。道綽禅師の場合は悪ばかり造る愚かな人間は念仏申しなさいといわれる。具体的でないのですが、親鸞聖人は、どんなに自分が善を励んでおろうと御縁があれば何でも出てくると言っておられます。自分は悪人でないと思っておっても相手の出方で、またそのときの状況次第では人殺しだってしかねないものをもっているのが私、そのことを見ないで善いところばっかりを見て、そして善いところにいこうと、こういう事を考えるのが我々なんだと。親鸞聖人は非常に具体的です。
業縁のもよおせばいかなるふるまいもすべし。
と親鸞聖人はおっしゃるわけですから、親鸞聖人になると具体的です。道綽禅師はそこまで具体的にはおっしゃいません。しかし道綽禅師の据わりが、そのまま善導大師・法然上人・そして親鸞聖人へと教えが受け継がれてきているわけです。だからそういう意味でいいますと、私たちの日暮しは、そうでしかない私を私と知らせられる場なのですね。何もない時は何か自分がそうでないというふうに思っているわけですが、何か事ある時に自分の中から出てくるものは、本当に自分でさえ自分が悲しむようなものしか出てこないでしょう。
しかし、それは内にあるから出るわけです。その時に悪くなったのではないわけですね。あるから出てくるわけです。だから「業縁のもよおせばいかなるふるまいもすべし」と言われるのです、縁次第では何が出て来るのかわからないというのが、親鸞聖人の教えになっているわけです。だから「いずれの行もおよびがたき身なれば」という表現になってくるわけです。もとは道綽禅師です。だからそういう意味でいうたら道綽禅師の教えというのは非常に大切な教えになっているわけです。
しかし念仏したぐらいで助かるかという問題があるわけです。「摂大乗論」という書物がありまして、それを依りどころとして一宗を立てたのが摂論宗です。その人たちのことを摂論家というのです。その人たちが別時意(べつじい)ということをいうわけです。別時意というのは、念仏申した時と浄土に往生する時は違うという意味です。観無量寿経は、念仏して往生すると書いてあるのです。だから誰が読んでも念仏して直ぐに浄土に往生すると読めるのです。
ところが摂論家の人たちは、道綽禅師の物差しでいうならば聖道門です。聖道門は「定善・散善」と、いろいろ難しい修行があるわけです。それでもなかなか悟りは開けないのに、何とも知れない人間が、南無阿弥陀仏言ったら、浄土に生れて仏に成るということになれば理屈に合わない。そういう意味でいうならば、南無阿弥陀仏申すということは、一番値打ちのない行になるわけです。
親鸞聖人と同じ時代に出た人に道元禅師という人がおられます。曹洞宗(禅宗)の御開山です。福井に永平寺という本山があります。道元禅師は、そこらの婆ちゃんが、南無阿弥陀仏と言ってお浄土を願っているのは、田圃で蛙が鳴いているのと同じだと言っておられますよ。つまり修行してもなかなか悟れないのに、南無阿弥陀仏と言ったぐらいで仏の悟りを開いたというのは、それは仏教ではない。道元禅師は禅宗の立場ですからね、そういう事をおっしゃってもおかしくはないですよ。
摂論家の人々は、それを貯金の話で例えています。例えば百万円貯金するとしたら、一円から始まりますね。一円がずっと繋がって百万でしょう。ところが、観無量寿経の教えは一円したのが百万という言い方になっている、なぜそういうふうになっているのかというと、一円二円三円と預金しろというたら、みな嫌になって止めるというわけです。ところが一円すれば百万と繋がっているということをいうと、そうかと言って貯金をする。だから南無阿弥陀仏一回するということは一円だと、しかしそれは御縁になる。だから「唯願無行」というのですね。
死に際の凡夫が救われたいと、こういうておるのだから、願いはある。しかしそれは行と言えるような行ではない。だから南無阿弥陀仏は、願はあるが行になっていない。だから「唯願無行」だと。しかしお釈迦様は念仏して浄土に住生すると説いてあるわけであるが、本当はどういう意味があるかというたら、「別時意」だと。だから一円が百万にすぐ繋がっているという言い方がしてあるだけで、実は一円からずっと百万回せねばならんわけです。そういうことを言い出したら、する者はおらんから一円しなさい、南無阿弥陀仏言いなさい、そうすると百万円に繋がりますよということを言っておるものだから、一円入れたら百万円になると聞こえてしまうのだと、だから称えた時と往生する時とは別だから「別時意」というのですね。その為に一時人々が念仏を止めたと伝えられているわけです。それに対して、道綽禅師が面白いことを言っておられるわけです。「宿善」ということを言っておられるわけですね。一声念仏して浄土へ往生する、しかし一声念仏申せといった時に、その人が念仏申すということは過去に宿善があるのだと。宿と言うのは昔という意味ですね。
私等は日暮しの中で、仏法聞きなさいと言ったって、誰でも聞くかというたら誰でもは聞きませんよ。光善寺の御門徒でも百五十門徒がありますけれども、案内状を出してもお参りに来る人はそんなにいません。案内状は行っておっても下駄箱の上にそのままになっている。つまり寺参りする気がない、ということは御縁が無いのです。その家に教えを受けて、本当に救われたいという事の御縁のある人は、寺からの案内があれば参って来なさるわけです。今日の皆さんのように忙しくても来てくださるのは、仏縁があるのです。
だから道綽禅師は、死に際であろうと「称えよ」と言った時に、そういう尊いことがあるのかというて称える心は一代二代でできた心では無い。例え、その人一代は悪しかしなかったかもしれないけれども、仏法の御縁で言うならば、ずっと昔、先祖代々仏法に御縁をもった伝統がその人の中に生きている、だから善知識の教えを聞いて、本当に素直に自分を投げ出して念仏申したのだと。だからその人が念仏申すという事は単なる一円ではないのだと、そこに本人も気づいていない。しかし、その教えを聞いて南無阿弥陀仏と称えたということは容易ならんことだということを「宿善」というわけです。だから「別」ではない、称えて助かるのだと。こういうことを道綽禅師は言われたのですね。それを自分自身の上に見ておられるのです。
道綽禅師は貧しい家に生まれたから坊さんになられたそうですね。自分で坊さんになりたくて、菩提心を起こしてなられたのではないそうですね。その当時、中国は戦国時代のような時でした。仏教を大事にする北斉という国に生れて、頭が良かったもんだから、貧しさからお坊さんになられたそうですね。ところがその国が隣の国から滅ぼされます。隣の国は仏教を徹底的に廃仏毀釈した国ですから道綽禅師は還俗させられるのですね。ところがその国が、今度は「隋」に滅ぼされます。隋の国は仏教を大事にしました。それで幸いにして道綽禅師は又お坊さんに成られます。そして涅槃経の大家になられたのですね。
いろいろな時代の移り変わりを見、自分の周辺をずっと見て道綽禅師は深い悲しみをもっておられたのですね。そして時代がすでに末法に入ったことから、道綽禅師は「下品下生」の悪人の上に自分自身を見られた。だから、そこで念仏申すということは容易ならんことだと、ただ南無阿弥陀仏申せばどうかなるというような、そんな問題ではないということを道綽禅師が言われた。これは大事な問題です。
そして私たちはこのことはよく考えていかねばなりません。昨年の十二月に、皆さんからいろんな話を聞かせてもらいましたけれども、みなさんは、やはり仏縁ということを仰っています。やっぱり、そういうものなしに我々の上に、この仏法を聞かしてもらうという事は出てこないわけでしょう。そういうことを通して、「信心」の問題です。今日お配りしました資料は、曇鸞大師が書かれた「浄土論註」の御文です。
曇鸞大師の教えに「三不三信」の教えがあるのですね。
⑨「三不三信の誨」―信心のあり方を説いた教え。曇鸞大師が説かれた「三不信」と「三信」という信心についての教えを道綽禅師が『安楽集』に詳しく解説された。「三信」は真実の信心で、淳心(あつくてゆるぎない信心)・一心(純粋で疑いを含まない信心)・相続心(常に持続して保たれる信心)をいう。
「三不信」は「三信」に反する信心で、不淳心・不一心・不相続心をいう。疑惑不信の信心。
これは「信心」の問題です。念仏したぐらいでたすかるかという、何かそういうことを言う人だけにある問題ではない、念仏している者の中にもかかえている問題だと思いますね。そういう疑心が無いとは言えない。そうであれば念仏しても助からんわけです。つまり臨終の悪人が救われた形にならないわけです。その時に、それはお念仏の方に問題があるのではない、念仏か他の行か………つまり「行」に問題があるのでなく「信」に問題がある。それを曇鸞大師は「三不三信」ということで説いておられます。それを頂きなおしてみれば解るのだということを言いたいのが道綽禅師なのですね。そこを正信偈には「三不三信誨慇懃」と親鸞聖人が述べておられるわけです。
「彼の無碍光如来の名号、能く衆生の一切の無明を破す、能く衆生の一切の志願を満てたまう。
然るに称名憶念有れども、無明、由存して所願を満てざるは何んとならば、如実修行せざると、名義と相応せざるに由るが故なり。云何が 不如実修行と名義不相応とする。謂わく、如来は是れ実相の身なり、是れ物の為の身なりと知らざるなり。
又三種の不相応有り。一には信心、淳からず〔「淳」の字 常倫の反。又音純なり。又厚なり。朴なり。「朴」の字、音卜なり。薬名なり。「諄」の字 至なり。誠懇の貌なり。上の字に同じ。〕。存ぜるが若し、亡ぜるが若きの故に。二には信心、一ならず。決定無きが故に。三には信心、相続せず。余念間つるが故に。此の三句、展転して相成す。信心、淳からざるを以ての故に決定無し。決定無きが故に、念、相続せず。亦、念、相続せざるが故に決定の信を得ず。決定の信を得ざるが故に、心、淳からざるべし。此れと相違せるを「如実修行相応」と名づく。是の故に論主、建めに「我一心」と言えり」と。(浄土論註 教行信証 信巻 二四〇頁)
(意訳)
如来の御名には、能く一切の無明を破り、能く一切の志願を満たし給う徳があるにも拘わらず、称名憶念するものに、無明なおあり、志願 が満たされぬということは、何故であるかというに、
「無明・むみょう」ということは心が晴れないということですね。「志願・しがん」というのは本当にいい身にさしてもらったという深い喜びが持てないということです
それは真実の修行せぬ為に、称名憶念が御名のこころに相応せぬものがあるからである。
真実の修行になっていないということですね。
その相応せぬということは、如来は是れ実相(ちえ)の身であり、為物(じひ)の身であるということを知らぬということである。
「為物・いもつ」の物と言うのは人間という意味です。人間のために名号ができたのですね。
正信偈に聞く
49-3
平成24年9月30日
そこにまた三種の不相応がある。
相応というのは、函蓋相応(かんがいそうおう)茶筒の蓋と筒がピッタリはまることを相応というのだそうです。その蓋がガタガタするのが不相応ということになるわけです。
一つには信心純朴でない。あるが如く、無きがごとくである。
二つには信心が一でない。決定しておらぬのである。(下心ないということですね。)
三つには信心が相続しない。
疑いの心が間に入るのである。この三句は相互に理由となる。即ち信心が純朴でないから決定せず、決定せぬから念が相続しない。また念が相続せぬから決定せず、決定しないから信心が純朴でないのである。これに反して淳・一・相続の信心があれば、称名はおのずから如実に相応する修業となる。
それゆえに天親菩薩は、最初に「我、一心」と言われたのである。
つまり南無阿弥陀仏にはいわれがある。蓮如上人は「お文」に、
聖人一流の御勧化のおもむきは、信心をもって本とせられ候う。
といっておられます。「御勧化」というのは「おさとし」です。「おもむき」というのは「お心」、つまり「信心をもって本とせられそうろう」と、親鸞聖人は「信心」ということを教えてくださった。
ところが私たちは信心ということを聞くときに、あの人は信心家と言いますが、それは、誰も会ったことはない神様とか仏様を、みな向こうに置いて心に思うわけでしょう。つまり勝手に思っているわけです。みなさん神様にあった事ないでしょう。仏様もあったことないでしょう。しかし神様・仏様が居られるのだと自分が自分の心で一心に思うということを信心と言っているわけです。だから手を合わせて宜しくお願い致しますと、こういうことを信心と、私たちは言っているのではないですか。
仏教が言っているのはそんな話ではないわけです。そんなものは仏教から言えば信心ではない疑心です。なぜかというと自分の心を固めているにすぎないのだから、そんなものは信とはいわないのです。それでは親鸞聖人が信心といわれるのは何かというたら、蓮如上人は「南無阿弥陀仏のいわれ」ということをいっておられます。南無阿弥陀仏は単なる呪いとは違う、南無阿弥陀仏には深いおいわれがある。そのおいわれに対して疑い晴れるということが信心だと。
だから南無阿弥陀仏の信心ということを言われるのが親鸞聖人の教えですよというのが「お文」の一貫した言い方です。聖人の教えは信心ということですよ、親鸞聖人のおっしゃる信心というのはただ何かを信ずるというような信心ではありません。南無阿弥陀仏のおいわれに疑いが晴れる。それが我々のような者のために南無阿弥陀仏を如来様が成就してくださって、わが名を称えるものを浄土に生まれさせたいと願ってくださった。これは偏に私のような愚か者の為のおさとりであったかと本当に疑いが晴れる心を信心と言ってあるのです。
その教えのもとです。曇鸞大師の「淳心・一心・相続心」と、信心と言うのは何なのかということを言われる。「……如来は是れ実相(ちえ)の身」と書いてあるでしょう。そして「為物(いもつ)」と書いてあるでしょう。つまり如来の智慧というのは、私たちの知恵を超えた智慧です。
私たちの知恵は善悪の知恵ですよ。損得の知恵です。それが一生ああでもない、こうでもないと言って終わるわけですね。そういう者を大悲する。そしてそれに真実の智慧を与えようとしてくださるのは阿弥陀如来です。だから如来というのは実相つまり、そういう智慧の身であり、それが為物身です。為物身というのは、誰のために本願が建てられたのかと言えば、他ならん私一人のための御本願であったという意味です。だから親鸞聖人は、
弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。
(歎異抄 後序 七八三頁)
とおっしゃっています。真受けにするということです。如来の御本願は、他ならぬこの親鸞一人がためのご本願であったと。どういう親鸞かというたら「そくばくの業をもちける身にてありけるを」と言っておられます。「そくばく」というのは数が数えきれないという意味だそうですよ。普通「そくばく」というのは少ないと言う意味に使っているのですが、ここで言われる「そくばく」というのは数えきれないという意味だそうです。だからどれだけあるか数えきれないほどの業を抱えている私である。その私のためにこそ、如来はご本願を建て名号を成就して、我が名を称えて、我が国に生れんと思えと呼びかけておってくださったのだと頂くことが信心なのですね。それを、南無阿弥陀仏のいわれを聞き開くと言われるのです。
それで南無阿弥陀仏申して、たすかる人間になるという意味ではないのです。そうでしかあり得んわが身、それが私のありのままの姿です。
都合のいい時はにこにこして、都合が悪くなったらなんだかんだ言う。夫婦だって都合の良かときは良かときは良か奥さん。都合が悪くなったらこんちくしょう。そういいながら私も五十何年来ました。そうでしかない私。それは私が思うということではない、身の事実です。だから不善造要の凡夫というのは、身の事実を言っておられるのですよ。「そくばくの業をもちける身にてありけるを、」とおっしゃる、身の事実ですね。
思うだけなら何でも思えますよ。こう思ってはいかんとか、ああ思ってはいかんと。ところが臨終と言うのは、今からがないということです。目の前に死が来ているわけですから、善い話を聞いた、今からどうしようという、そういうものがないわけです。追い詰められている、後がないわけです。それが臨終です。人と比べた自分ではない、自分自身の人生が全部あらわになった自分と向き合わされる。そういうことですね。
世の中は相対的ですから人間の知恵はそんな知恵しかないですよ。そうしてまた業を重ねていく者を大悲なさるのが如来の智慧です。気づいて欲しいと、本当の自分に気づいて欲しいということですね。
「為物身」というのは、あなたの為に、すべての者のために本願を建てた。本願というのは誓願ですから、誓願というのは誓です。私たちは如来様と約束した覚えはない。しかし如来様は、こうならなかったならば仏にはなりませんという誓願、誓ですね。そういう意味で言うならば、阿弥陀如来という仏様は永遠に助からん仏様ですよ。その如来に背いて生きているということに気づけない人間が一人でも居る間は、如来様は救われないわけです。だからずっと呼びかけ続けておられるわけです。ところが私等はそっぽを向いているわけです。どうしてそっぽを向いているかというたら、俺は悪くないと、そして悪いのは世の中だと。私はこんなに努力しているのに、父ちゃんには判ってもらえんと…………ややこしい、そうしているうちに死ぬる。
私が刑務所で話しながら気がついたのですけれども、みな彼岸というたら墓参りなさる人が多いのですね。そうしますとね、亡くなった人というのは、その人の人生に勝負がついているわけです。善かれ悪しかれ、その人の生涯(全体)がそこに墓になっておられるわけですよ。しかし私たちは部分しか見てないですよ。自分自身の生き様をそのまま見るという智慧は我々にはないですよ。その時その時の、善し悪しで生きているわけですから。ただそうしながら死ぬる、死んだ人というのは善かれ悪しかれ、その人の生涯がそこに出て来ているわけです。そうするとやはり亡くなった人のことを思い墓に行きます。亡くなった人というのは一生が終わっているわけですからね、そうすると、残った者は、人間の一生というものが改めて問われるといいますか、自分の心の中に現れてくるという問題はあるだろうと思いますよ。だから、築参りというのは何らかの形で、私たちに大事な問題を投げかけているのは事実だと思いますね。生きている間は部分的です。そのときその時の思いで生きているわけですからね。だから清沢先生が言われるように、
請うなかれ、求むるなかれ、汝何の不足かある。
と言いなさるけども、私たちは不足ばっかり言ってますよ。そして、今度は、
外物を追うは貪欲の源なり、他人に従うは瞋恚の源なり。
とおっしゃってます。とにかく外へ外へと求めていく、欲ですから切りがない。「外物を追うは貪欲」でしょう。限りのない欲望ですよ。「他人にしたがうは瞋恚の源なり。」というのはどういう意味だろうかと前から思っていましたけれども、人を当てにするから腹がたつという意味だろうと、この頃そう思いますね。都合がよいときはにこにこしておるけど、都合のよいことばっかりはないのですから、だから「他人に従うは瞋恚の源なり」と清沢先生は言うておられます。
結局、人間の存在の全体を道綽禅師はみて、しかもそれを時代と、機の問題を人間の問題として取り上げて、そのためにお釈迦様が念仏の仏法を説いておられるのだということを、観無量寿経を通してはじめて受け取られた。それが曇鸞大師や天親菩薩がおっしゃった、つまり浄土を願うという教えのもとであると道綽禅師がおっしゃるわけです。そこで聖道の教えを止めて浄土の教えに帰せよとおっしゃった。非常に素朴なといいますか、純粋な、といいますか、そういうわが身自身を投げ出して、如来の真に依っていく念仏の教えが本当の信心だと。
その信心を三つにわけると、「淳心・一心・相続心」になる。だから浮心でなければ、この一心でなければ、この相続心でなければ、念仏したぐらいでという心がその人の中に働いて、その人がどうしても救われないという問題になってくる。そういう者のために、つまり私のために「為物」です。誰のためにこの名号が成就されたかといえば、「親鸞一人」といわれます。一人の為のご苦労であったと、それが信心ですね。それがないと念仏ぐらいでという話になってくる。何回ぐらい言うたらいいかという話になってくる。そういうところから問題が逸れてしまって、本当のお釈迦様のお心が頂けないということを道綽禅師は仰って、「三信・三不信」ということを仰るわけです。
三不信ということは、ここに書いてあるように曇鸞大師がおっしゃったんです。だからそういう意味では信心の確かめということを特に道綽禅師はおっしゃってくださって、そこで初めて浄土に生まれるということがはっきりするのですね。そういうところに道綽禅師の教えがあったのだということを今日は申し上げたわけでございます。
道綽禅師の教えは今日で終わりたいと思います。そして道綽禅師のお弟子が善導大師です。七高僧の中で実際顔を合わせた方は、このお二人だけです。道綽禅師は曇鸞大師が亡くなって何十年も経って碑文を通して回心しておられます。善導大師はお念仏の教えを聞いていた人です。だけど、どうしても気持ちが晴れない。そこで道綽禅師に遇って初めて目が覚める。それから道綽禅師の教えを背景にして、浄土の教えを体系的にされたのが善導大師です。「信心」の問題については、善導大師のところで詳しくお話をしたいと思います。法然上人は「偏依善導」と、善導大師の教えだけが頼りだと仰っておられますから、日本の浄土教の基本は善導大師にあるわけです。しかし、その善導大師の教えが出てくる背景には道綽禅師がおられるわけです。だから道綽禅師を忘れてはいけないですね。今日はこれで終わりたいと思います。次回は、善導大師のところに入ります。有り難うございました。 合掌