​正信偈に聞く

 3-1 

​平成20年6月17日

 前回は『正信偈・しょうしんげ』が『教行信証・きょうぎょうしんしょう』の行巻の終わり、信巻の前になぜ配置されているかということを中心にお話を申しあげたわけでございます。今日は『正信念仏偈・しょうしんねんぶつげ』の表題の解釈が述べられるところでございます。

 

『正信念仏偈』(念仏を正信する偈)

 

と書かれております。ところで、ただ表題を見ると「正信」が信で、「念仏」が行ですから、正しい信心と念仏の行について述べられた偈(うた)という意味が一応考えられるわけです。しかし、古田先生は(念仏を正信する)と、このように読んでおられます。だから信心と念仏が述べられているという意味もあるわけですけれども、(念仏を正信する偈)と表題を読んでおられるわけです。これは非常に大事な問題だと思います。そして、その次に

 

「「正」:「傍・ぼう」に対して、「邪・じゃ」に対し、「雑・ぞう」に対する言葉。

「「信」:「疑」に対する言葉。

「「念仏」:仏を念ずる(念・おもう)

『正信偈』の「正」は、「傍」に対し「邪」に対し「雑」に対する言葉。「信」というのは「疑い」に対する言葉。そして「念仏」というのは、仏を念ずる、仏を思うと。そして

 

1、観想念仏・修行によって精神が無念無想となる境地を体験し、その精神状態の中で阿弥陀仏を念ずる。

2、称名念仏・阿弥陀仏の名を称えて、阿弥陀仏を念ずる。

 

 念仏に二通りの念仏があるのだと。一つは観想の念仏、二つは称名念仏ということを述べておられます。以前、この正信偈を朝晩のお勤めに決定されたのは蓮如上人(れんにょしょうにん)だというお話をいたしました。蓮如上人は、きちっとした書物は一冊しかありません。それが『正信偈大意・しょうしんげたいい』という書物でございます。あとは『御文・おふみ』です。『御文』はいつも申しておりますように、教化ということが中心になっているわけです。今でいうと同朋新聞で読まれる法話です。『御文』は教化ということが目的になっているわけです。『正信偈大意』というのは、正信偈をはじめから終わりまで講義をなさった書物でございます。この『正信偈大意』の中に、この言葉があるんです。

 

問うていわく、『正信偈』というは、これはいずれの義ぞや。こたえていわく、「正」というは、傍に対し、邪に対し、雑に対する言葉なり。「信」というは、疑に対し、また行に対することばなり。 (正信偈大意 聖典P747)

 

 そこでまず「傍」という字から考えてまいります。「傍・ぼう」という字は「かたわら」という字です。法然上人が聖道門の教えからお念仏の教えを独立させて、浄土宗の独立ということをなさったということは、度々申しております。聖道門の人たちはいろんな修行をなさるわけです。諸善万行という言葉がありますが、宗派によって行というのはいろいろあるわけです。そういう諸善万行を修めながら念仏もする。だから、諸善万行の方が本筋で傍らに念仏もする。それで「傍」という字が書いてあるわけです。だから、比叡山でもお念仏はあったんです。親鸞聖人も比叡山で念仏しておられた。それを「山の念仏」といいます。この「山の念仏」というのは、諸善万行の中の一つとして教えてあるわけです。だから『正信偈大意』の「正」というのは、傍という意味ではないんだと。

「「邪」というのは現世祈祷です。仏教は因縁の法を説いているわけです。それを否定する。否定するとはどういうことかというと祈れば御利益がある、こういのは因縁を否定しているわけです。ですからこういうのを「邪」というわけです。除災招福(じょさいしょうふく)とも言います。つまり災いを除き幸せを招く。そのために念仏する。だから念仏すれば御利益がもらえる。災いが除かれ幸せが訪れるということは因縁法を否定しているわけです。だから祈ってどうにかなろうとすることを「邪」といいます。

 そして「雑」という字が書いてあります。雑ざるということです。正信と言った場合は、念仏ひとつという信心です。我われの救いは念仏より他に救われる道はない。だから、念仏ひとつというところに、私たちの浄土往生の道が立つわけです。そこに何が雑ざるかというと自力の心です。阿弥陀如来の本願のまことに依るということでなくて、そこに人間の計らいの心が雑ざるということです。かたちは念仏ひとつという姿をとりながら、そこに自力の心が雑ざる。それが「雑」ということだと。だから「正信」の正ということは正しいという意味ではなくて、「傍」でなく「「邪」でなく「雑」でないと。そういうかたちで「正」という意味をはっきりさせようとしているわけです。次に「「信」ということは、疑に対する言葉。「疑」というのは、そのまま信心というのももちろん入りますけれども、人間の分別は何らかのかたちで疑なんですね。仏教では「疑」ということを積極的に信じなさいというよりも躊躇という言い方をします。躊躇するというでしょう。猶予する。決断しないということです。ちょっと猶予をくださいというあの猶予です。それが「疑」だと。

そして次に 「念仏」 仏を念ずる(念・おもう)と。念仏というのは、仏を念ずる(念・おもう)と古田先生は書いておられます。そして仏教の伝統として大きく分けて、二通りの念仏があるのだと。

 

1,観想念仏・修行によって精神が無念無想となる境地を体験し、その精神状態の中で阿弥陀仏を念ずる。 

2、称名念仏・阿弥陀仏の名を称えて、阿弥陀仏を念ずる。

 

 一つは観想の念仏、二つは称名念仏と書いてあります。「観想」というのは、修行によって精神が無念無想となる境地を体験し、その精神状態のなかで阿弥陀仏を念ずる。無念無想ということをよくいわれるでしょう。私たちが無念無想になれないのは身と心が分裂するからです。無念無想というのは精神統一です。だから、仏教は精神統一という考え方は基本的にどこかにあるんではないでしょうか。禅宗の人が禅を組まれるでしょう。ああいうのはやっぱり観想念仏に通ずると思います。その観想念仏に対して称名念仏というのがあります。「阿弥陀仏の名を称えて阿弥陀仏を念ずる。」具体的には南無阿弥陀仏です。南無阿弥陀仏と称えるということが仏を思うという意味です。称名念仏というのはそういうことです。それをさらに二つに分けて教えておられます。

 

a阿弥陀如来の名を自らの行として称える念仏(自力の念仏)

 

 これは先ほど申しました「雑」といわれる中身です。「正」に対して「雑」と。雑ざるということです。何が雑ざるかといったら人間の分別が入るということです。「阿弥陀仏の名を自らの行として称える」ということは、お念仏が手段化されるということです。人間は南無阿弥陀仏と申すときに、分別でもって救われる世界を考えるわけです。で、そのために念仏する。そうすると念仏することが手段になる。手段化されるわけです。分別の心で念仏を仏に振り向けていく。それを自力の念仏というんです。ところが念仏自体は本願のみ名です。しかも他力回向です。つまり、念仏は手段化されるものではないということです。阿弥陀如来は、そうでしかありえない私たちを見通して、そのまま真実のまことを与えて、念仏を私たちに回向された。それをありのままに受け取っていくということが、この分別を超えるたった一つの道。しかし、それが私たちには分からない。だから、自力の心でお念仏を受けとっていこうとする。そうすると南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏をいって、だんだん仏に近づいてきたというかたちになりますから、それは自力の念仏なんです。二十願の世界。念仏が手段化されるということは、他力回向の念仏を信じられない。やっぱりこちらの分別でもって受け取っていく。回向ということは、如来さまの大悲は絶対であり、広大であり、私の方には条件を付けないということですから、私の善、悪という我執分別と一切関係がない。如来の方が一切を見通して、

 

仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫とおおせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれらがためなりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。(歎異抄 聖典P629)

 

 だから、他力の念仏ということは、自力が間に合わんということ。むしろ自力によって、仏と私の間を、仏のまことをこちらの方から断ち切るかたちになっている。それが「疑」です。 

 

​正信偈に聞く

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​平成20年6月17日

「疑」ということに気づかされるのも私の力では気づけないですね。そこまで知らせてもらうのも他力。他力による以外にそのことを知らせてもらえないんです。実は念仏ひとつといいながら、こういう問題が人間に残っておるんだということを教えてくださっているのは親鸞聖人なのでしょう。お念仏申しておりながら人間に問題がある。それはどこまでも離れることのできない人間の我執分別の強さです。そいうことを徹底して知らせてくださるのが、本願念仏の教えだということを教えてあるわけでございます。これは一応基本的なこととして大事なことを古田先生はおっしゃっていますから、そのことを頭に入れておきます。

 先ほど申しましたように、念仏には「観想念仏」と「称名念仏」があると。「観想念仏」というのは、無念無想の境地で仏さまを念ずるという、そういう方法で念仏を考えておると。これは成就しないですね。それに対して「称名念仏」阿弥陀仏のみ名を称えて阿弥陀仏を念ずる。そこに自らの行として称える念仏、自力の念仏という問題がひとつあると。それに対して、

 

b 阿弥陀仏から差し向けられた名を称える念仏(他力の念仏)

 

ということが本当に受け取られていく他力の念仏ということがある。正信念仏といわれるのはそのことです。それから次に『正信偈』という「偈」というのが書いてあります。

 

「偈」古代インドのサンスクリット語で「歌」を意味する「ガータ」の音写語の一部。「ガータ」は「伽陀・かだ」、「偈陀・げだ」などと音写され、「偈頌・げじゅ」と訳される。

 

「ガータ」というのは歌という意味だと。音写するということは、音に合わせて漢字を当てていくわけです。そうすると、「ガータ」が「伽陀・かだ」または「偈陀・げだ」となる。これは余談ですが、南無阿弥陀仏も音写語です。「みなみなしあみだぶつ」、この漢字に意味はありません。親鸞聖人は「西音・せいおん」といわれます。「西」はインドのことです。「西蕃月支・せいばんがっし」とあるでしょう。つまりインドの発音だと。南無阿弥陀仏はインドの発音だということになります。

 お経は「長行・じょうごう」と「偈頌・げじゅ」によって書き表されます。お経の内容はこの二つなのです。「嘆仏偈・たんぶつげ」または「重誓偈・じゅうせいげ」という偈文があるでしょう。これは大無量寿経の中にある偈頌です。だから嘆仏偈というのは、仏を讃嘆するという讃仏偈ともいいます。仏をほめ讃えるという意味です。

 

我聞きたまえき  かくのごとき。

  一時、仏  王舎城耆闍崛山の中に住したまいき。・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  その時に次に仏ましましき。世自在王、如来・応供・等正覚・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名づけたてまつる。時に国王ましましき。仏の説法を聞きて心に悦予を懐き、尋ち無上正真道の意を発しき。国を棄て、王を捐てて、行じて沙門と作り、号して法蔵と曰いき。高才勇哲にして、世と超異せり。世自在王如来の所に詣でて、仏の足を稽首し、右に繞ること三帀(さんぞう)して、長跪し合掌して頌をもって讃じて曰わく、

光顔魏魏 威神無極(光顔魏魏として、威神無極ましまさず)

    如是焔明、無与等者(かくのごとき焔明、与に等しき者なし)

   

法蔵菩薩はもと王様であった。その王様が「世自在王仏」という仏さまの教えを聞いて、心に喜びをもたれ、そして自分自身の人生に疑いをもたれて出家した。そして自らを法蔵と名乗った。これらの文章は長行の文体で書かれています。法蔵の誕生です。そして、その法蔵菩薩が「世自在王仏」の前に行って、五体投地する。そして、そこで世自在王仏のお徳をほめられるのです。それが偈頌の形式になっている。だから嘆仏偈(讃仏偈)といいます。あれが偈頌です。

   

    仮令身止 諸苦毒中( たとい、身をもろもろの苦毒の中に止るとも、)

  我行精進 忍終不悔( 我が行、精進にして  忍びて終に悔いじ。)

 

それから「長行」になります。

仏、阿難に告げたまわく、「法蔵比丘、この頌を説き已りて、仏に白して言さく、「唯然り。

世尊、我無上正覚の心を発せり。願わくは、仏、我がために広く経法を宣べたまえ。我当に

修行して仏国を摂取し、清浄に無量の妙土を荘厳すべし。我世において速やかに正覚を成ら

しめて、もろもろの生死・勤苦の本を抜かしめん。」・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

仏の所説の厳浄の国土を聞きて、みなことごとく覩見して、無上殊勝の願を超発せり。その心寂静にして、志着するところなし。一切の世間に能く及ぶ者なけん。五劫を具足して、荘厳仏国の清浄の行を思惟し摂取す。」阿難、仏に白さく、「かの仏の国土の寿量、幾何ぞ。」仏の言わく、「その仏の寿命は、四十二劫なりき」時に法蔵比丘、二百一十億の諸仏妙土の清浄の行を摂取しき。かくのごとく修し已りてかの仏の所に詣でて、稽首し足を礼して、仏を繞ること三  して、合掌して住して、仏に白して言さく、「世尊、我すでに荘厳仏土の清浄の行を摂取しつ」と。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・ 比丘、仏に白さく、「唯聴察を垂れたまえ。我が所願のごとく当に具にこれを説くべし。

 

と、法蔵比丘が四十八願を世自在王仏の前で述べられる。

 

たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。・・・

・・・・・・・・・・・・・・

たとい我、仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して、我が名を称せずんば、正覚を取らじ。

たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

たとい我、仏を得んに、他方国土のもろもろの菩薩衆、我が名字を聞きて、すなわち第

一・第二・第三法忍に至ることを得ず、諸仏の法において、すなわち不退転を得ること能わずんば、正覚を取らじ。」」

仏、阿難に告げたまわく、「その時に法蔵比丘、この願を説き已りて頌を説きて曰わく、

 

ここでまた「偈頌」が入ります。「重誓偈」といいます。

 

  我今超世願 必至無上道(我、超世の願を建つ、必ず無上道に至らん、)

  斯願不満足 誓不成正覚(この願満足せずは、誓う、正覚を成らじ。)

我於無量劫 不為大施主(我、無量劫において、大施主となりて)

普済諸貧苦 誓不成正覚(普くもろもろの貧苦を済わずは、誓う、正覚を成らじ。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 だから、経典というのは「長行」と「偈頌」に分かれています。こういう形式があるということです。親鸞聖人も『教行信証』をお書きになる時に、経典の形式に倣って「偈頌」をお書きになったわけです。それが正信偈です。親鸞聖人は知恩報徳(ちおんほうとく)のために正信偈を書くと言われています。ところで、親鸞聖人はなぜ『教行信証』を著わされたのかということについて、昔から先輩によっていろいろ述べられております。

 それについて『教行信証』の後序を見ると次のようなことが分かります。法然上人の根本聖典は『選択本願念仏集・せんじゃくほんがんねんぶつしゅう』という著作ですが、これを書かれるについて、次のようなことが伝えられておるわけです。法然上人の教えを深く信じておられた人に九条関白兼実という人がおられます。兼実公は、法然上人にはたくさんのお弟子がおられるけども、法然上人がお亡くなりになれば、その教えがわからなくなってくる。だから、法然上人の教えの大切なことを書物として書いていただきたいということを頼まれたそうです。それを、法然上人ははじめから受けておられないわけですけれども、あまりにおっしゃるものだから、それならと法然上人が『選択本願念仏集』という書物をお書きになります。しかし、これは法然上人がはじめから終わりまで書かれたものではなくて講述されたと言われております。法然上人のお話しをお弟子が記録して、それをまとめて本にして、これを兼実公におくられるわけです。その時に「どうぞ貴方がお読みになって、得心ができないならば壁の中に塗り込んでください」ということを法然上人はおっしゃったと言われておるんです。

 これは、仏教といえば「聖道の仏教」と教えられていた当時の仏教界の中で、寓宗(ぐうしゅう)と考えられていた浄土教を独立して、聖道門と対された法然上人のありかたは多くの批判があったのです。だから、法然上人がお亡くなりになって、お弟子が『選択集』を公にします。それで大騒ぎになるわけです。そして、当時有名な華厳宗の学僧の明恵上人という方が、『選択集』に対して『摧邪輪・ざいじゃりん』という書物を書かれます。つまり「邪」だと。正しい仏教を受けとるものではないと。「摧」というのは粉砕するという意味なんです。それが仏教界に大きな問題になります。法然上人はすでに亡くなっておられます。

親鸞聖人には、法然上人の本当の真意が『選択集』に学問的に尽くされていないということがあったんだと言われますね。そういうことから、親鸞聖人は『摧邪輪』に対して、法然上人の真意をふまえて、そういう問題に答えていかれた。それが『教行信証』だといわれます。先ほど申しました『教行信証』の後序によりますと、親鸞聖人は法然上人のおゆるしを得て、その法然上人自身が公開されることを拒まれた『選択本願念仏集』の書写を許されていらっしゃいます。法然上人は、お弟子の方数名に『選択本願念仏集』を写させておられます。十人いないのです。6・7人といわれる中で、晩年の弟子であった親鸞聖人は入っておられます。親鸞聖人は『教行信証』の中で、自分は法然上人から『選択集』を写させてもらったということを感動的に書いておられます。

 

『選択本願念仏集』は、禅定博陸月輪殿兼実・法名円照の教命に依って撰集せしむるところなり。真宗の簡要、念仏の奥義、これに摂在せり。見る者諭り易し。誠にこれ、希有最勝の華文、無上甚深の宝典なり。年を渉り日を渉りて、その教誨を蒙るの人、千万といえども、親と云い疎と云い、この見写を獲るの徒、はなはだもって難し。しかるに既に製作を書写し、真影を図画せり。これ専念正業の徳なり、これ決定往生の徴なり。仍って悲喜の涙を抑えて由来を縁を註す。 (教行信証 聖典P400)

 

​正信偈に聞く

 3ー3 

​平成20年6月17日

 法然上人は浄土教というものを確立なさって、聖道門の教えから浄土門というものを独立なさった。その根拠を『選択集』でお書きになった。しかしそれは、当時の仏教界の人たちがみんな納得できるようなかたちにまでなっていなかったわけです。それを親鸞聖人はきちっとおさえて、法然上人の真意というものを明かになさった。だから、親鸞聖人の『教行信証』によって、はじめて法然上人によって立てられた浄土宗というものの、教学的な完成がなされたんだということはよく言われるわけです。しかし、親鸞聖人ご自身は名誉心や、法然上人を非難した人をやっつけねばならんとか、そういうような気持ではないんですね。「知恩報徳」という意味だと。だから、ここに親鸞聖人はすでに救われておられるという意味ですね。お念仏ひとつということで、人生の目的は達せられた。その念仏の教えは法然上人のお陰だと。そして七高僧の伝統というものがあり、お釈迦様の大無量寿経の教えがあり、そのもとに阿弥陀如来の本願というものがある。そういう方々に対して徳を報ずると、有り難うございました。ようこそ、こういう身にして下さいました。もしもこの教えがなかったならば、私はこの人生で本当に生まれてきた意味を知ることなしに終わったでしょうということが親鸞聖人にはあるわけですね。

 

曠劫多生のあいだにも 出離の強縁しらざりき 本師源空いまさずは このたびむなしくすぎなまし (高僧和讃 聖典P489 )

 

 私は法然上人にお遇いすることができなかったならば、この永い迷いの世界から出ることはできなかっただろうとおっしゃっているのです。この『正信偈』の前に「偈前の文」というのがありまして、ここでは古田先生は注意をしておられないのですけれども、その中に「知恩報徳のために・・・・『正信念仏偈』」を作りて曰わく」という言葉があります。

 

ここをもって知恩報徳のために宗師(曇鸞)の釈を披きたるに言わく、

  それ菩薩は仏に帰す。孝子の父母に帰し、忠臣の君后に帰して、動静己にあらず、出没必ず由あるがごとし。恩を知りて徳を報ず、理宜しくまず啓すべし。また所願軽からず、もし如来、威神を加したまわずは将に何をもってか達せんとする。神力を乞加す、このゆえに仰いで告ぐ、と。已上

  しかれば大聖の真言に帰し、大祖の解釈に閲して、仏恩の深遠なるを信知して、正信念仏偈を作りて曰わく、 (教行信証 聖典P209)

 

 ここに、曇鸞大師の『浄土論註』の文が引いてあります。本当に親孝行の子どもが親に従うごとく、忠義な家来が王様に一切の計らいを棄てて使えるように、阿弥陀如来の本願のまことに帰するということの姿を、曇鸞大師が『浄土論註』の中に書かれておられますが、その文章を引かれまして、私が全くその通りである。曇鸞様がおっしゃる通りなのだと。だから私自身が「知恩報徳のために・・・『正信念仏偈』を作りて曰わく」と。それから、「帰命無量寿如来 南無不可思議光」とおっしゃっています。阿弥陀如来の本願のまことということを、この「正信偈」の中でいただかれて、そしてお釈迦様のことをあげられて、そして七高僧をあげられて、どこまでも知恩報徳のためだとおっしゃる親鸞聖人のお心を、私たちは大切に受け取っていかなければなりません。それが「偈・うた」のかたちにされているということです。理屈で言っていない。「うた」というのは感動でしょう。感動、感激でしょう。世自在王仏の前で、法蔵菩薩が世自在王仏の徳をたたえる時には、やっぱり「うた」なんでしょう。

 なんという貴方はこうごうしいお姿であろうか。そういうことは別な言い方をすれば、なんという自分は愚かな悲しい存在であろうか。そのことを知らずに私は来た。自分くらい偉いものはおらん、自分くらい大したものはおらんという根性で生きてきた。そのために、いかに自分の人生を無駄にし、多くの人々を傷つけたことか。そのことを私は世自在王仏というお師匠様に遇うことではじめて分かった。もう私は後戻りできない。どうぞ貴方の世界を私にいただきたい。そういうことから、感動を言葉にする時には「うた」なんですよ。

 

 光顔魏魏 威神無極(光顔魏魏として、威神無極ましまさず)

   如是焔明、無与等者(かくのごとき焔明、与に等しき者なし)

    ・・・・ ・・・・

と述べられ、そして最後にあなたの世界がはっきりするまで、

  ・・・・ ・・・・

 仮令身止 諸苦毒中( たとい、身をもろもろの苦毒の中に止るとも、)

 我行精進 忍終不悔( 我が行、精進にして  忍びて終に悔いじ。)

 

 この道を求め、仏さまの世界をいただけるまで、たとい身は苦しく困難であっても、そのことで私は心に後退はしない。どこまでも突き進んで、どんな困難であっても私はその歩む道について悔いはしない。「忍終不悔」と書いてあります。これが法蔵菩薩の精神でしょう。そういう精神を私たちはどこかで頂くのです。この世の中を生きていく時、碍わりもあり困難も多いけれども、やっぱりこの道をどうかして明らかにしていかないと、その苦労したことがみな無駄になってしまう。この道がはっきりした時に、悲しいことも苦しいこともあった。そして本当に死のうかと思うこともあった。どうして、あんな人と一緒に日暮らしせんならんかと悔やんだこともあった。いろいろあったけれども、みな無駄でなかった。このこと一つに遇わしていただくために歩まねばならない道だった。通らねばならん道だったと。そこを通らしていただいて、いま南無阿弥陀仏ひとつという身にさしていただいたのだということが言えるということです。

 お釈迦様が『大無量寿経』の中で、この人生の道を生きていく意味を、法蔵菩薩の物語として述べておられるんだと思います。そういうことに本当に目が開くということが、「正信偈」の正信なんですね。正信念仏なんです。それが明らかにならねば、どうしても「正」は「傍・邪・雑」になる。信は疑い。疑いは不定聚(ふじょうじゅ)です。腹が坐らない。そういうものを『正信念仏偈』という表題に尽くされておることを、古田先生は教えてくださっているんだと思うわけでございます。